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二中校舎の最期に関連して

 投稿者:塚本  投稿日:2016年 9月15日(木)11時16分32秒
  通報 編集済
  トピックスの欄に、米田君と浅野君に被曝当時の校舎の模様の思い出をお願いして書いて頂いた。塚本も思い出すこと様々だが、その年の10月に、スコップを持って後片付けに行けということで運動場の東門寄りの芋畑の土ならしをした。浅野君の書いている通り死体焼却の跡であることが直ぐ、わかったが、残っていたのは、骨骨灰が残ったトタンの波板が何枚も重なったものが、畝と畝の間に引っ掛ける様に置かれているものだった。それらを、骨灰はずた袋に集めて、ポプラの木の根元に既に沢山置いてある人骨の入ったずた袋の山に一緒に纏めるのが仕事だった。その時は別に感情的に嫌だと思うことはなかったが、翌年、運動場の整備の後帰りに土橋の電車の専用橋のそばに何故か人骨の山があり、丁度近くを通るとき小さな頭骸骨が道路に転がり落ちて来た。側にいたおじさんが塚本の持っているスコップを見て、お前それで元に戻せと言われるのでいやいやながらスコップで掬うとコロコロと音がした。多分脳が固まって中で転がったのだろうと思うが、思わず背筋がぞっとしたのを今でも忘れない。あの年は如何に異常な精神状態だったか、と今にしては思うのである。  
 
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