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英語力

 投稿者:塚本  投稿日:2013年 2月 4日(月)22時38分32秒
編集済
  荒谷兄
貴兄の、hearing,speakingは、すごいです。私のは、それこそ二中時代の学校英語で、writingが少し出来るだけで、実用には、程遠いです。
各国人とやりあえる人は、なかなかいません。敬意を表します。
 
 

塚本兄と荒谷の英語力の差

 投稿者:荒谷勲  投稿日:2013年 2月 3日(日)07時26分36秒
  塚本兄が中学時代に英語で日記を書いていたとは大したものです。当時の私にはマネができません。現在の私は、「平和公園の英語ガイド」と、「英語での被爆体験談」をしているので、英語の達人だと思われているかも知れませんが、違います。言わば、原稿を読んでいるようなものです。私は40歳すぎて、会社の命令で海外出張に備えて英会話を勉強し、48歳でやっと英検2級を取得し、65歳で、初めてTOEICを受験して、やっと630点を取得しました。昭和一桁生まれの技術者としては、それでも良いと言われた程度です。
 

浅野兄、おほめ、恐縮です

 投稿者:塚本  投稿日:2013年 1月27日(日)17時43分58秒
  当時はアメリカかぶれで英語もアメリカ英語を分別なくつかっていたようです。今も通用するのかわかりません。
問題はこの日記からなにが読取れるかですが、
まず、私が総代に選ばれたのは、式直前だったようです。解散式と卒業式は同じ式次第のなかでおこなわれたのではないでしょうか。卒業式が解散式の式次第に書かれていないのは、準備不足が一因だと推察します。何故かというと12月23日投稿の「二中卒業式」に添付した式次第の写真に、大きなミスがあるのです。即ち、永年勤続表彰者の「加賀谷禮三郎」先生の姓が「賀加谷」となっているのです。校正する時間がなかったと想像できます。私への通知が直前だったのですから、式次第も訂正する時間はなかったと考えるのが妥当でしょう。それにしても、二中の卒業式はあまり重きが置かれて居なかったことにはなります。
当時は学制の大幅な変更が先生たちにも大きなショックだったのでしょう。
以上の事から連想して何か思い出されることはありませんか。他の読者にもお聞きしたいですね。
 

塚本兄の英文日記

 投稿者:浅野温生  投稿日:2013年 1月26日(土)19時04分55秒
  魂消ました。芸陽2年当時、英文で日記を書いていたとは…。英語ときたら、欠点すれすれで、広大高校国語科の入試では、英語の得点が20点以下だと不合格の基準をやっと28点でクリアした小生にとっては、想像もできぬ英才ぶりです。それでいて理学部に入学したのですから天才だな、こりゃ。  

続23期生の二中卒業式

 投稿者:塚本  投稿日:2013年 1月25日(金)17時30分49秒
  同窓会事務局にも問い合わせましたが、有力な情報はえられませんでした。
諸兄のなかには、塚本と同じように当時、日記を書いていた人も居るのではないかと推察します。私自身下記のような日記を書いていたことをすっかりわすれていたので、頭にはない事実が、日記に眠っているかも知れません。調べて貰えませんか。
私の記録によると卒業証書授与式はあったらしいのです。何故、「芸陽」に記録がないのか、不思議です。
 

二中卒業式の資料その後

 投稿者:塚本  投稿日:2013年 1月18日(金)20時25分6秒
編集済
  表題の件、誰も知らせてくれるひとがいません。昔の私の日記を調べていたら、以下の様なのが見つかりました。生意気に英語で書いていますが、間違いがあったら注意して下さい。当時のまま(芸陽二年生)コピーします。若干コメントはいれましたが、当時そのままです。どうも、二中卒業式と、芸陽閉校式は同じ式次第になっていたのではないでしょうか(70周年記念誌の式次第はそうはなっていませんが)。2回、式があったようにはおもえません。
             二中卒業式と芸陽高校閉校式、当日の塚本の日記
 March 19th,Saturday,   Snowy and later fine
This was the last day, when we went to school,as students of Geiyo Senior High School.
I left home around 8.35 a.m. for school. At school, it was just before the closing ceremony and commencement exercise(*) begin,that Mr. Mizuta told me they decided to make me receive the diplpomas on behalf of all graduates.
I had stood before the principal as the first boy to receive sheep skins(graduation certificates)as a delegate. I received two certifcates ,one for excellency in scholarship for five years of Hiroshima Scond Middle School with merit of a foutain pen and another,for one year (as second year student )of Geiyo Senior High school.
I brought my lunch to school,as I thought I had to paste labels on the equipments again today.But I must go home and take lunch before 1p.m.,since Mr.Osugi said he would himself finish the work later,at home.
After the commencement exercise(*) was over,our class presented a clock to Mr. Osugi as a token of gratititudes.
    *Graduation Cermony

念のため、賞状を調べたら、記述通りのものがありますので、まんざら嘘をかいているわけではないようです。equipmentsが何か、この日記そのものを含めて全く記憶がありません。しかしこの後、追加の資料がでてこなければ、70周年記念誌から、記事を流用して、ホームページにアップします。
 

新年明けましておめでとうございます

 投稿者:塚本  投稿日:2013年 1月 1日(火)15時25分10秒
  明けましておめでとうございます。
これは、老人向けらくらくスマートフォンF12Dで書いています。
今年はスマートフォン、タブレットパソコンの年になりそうです。
 

皆さん、よいお年をお迎えください

 投稿者:塚本  投稿日:2012年12月31日(月)17時35分14秒
  諸兄
とうとう、今年も、大晦日を迎えました.傘寿を超えて、元気に、新しい歳を迎えられるのは、お互い、幸せです。
健康に注意して、楽しい、日々を過ごしましょう。

Iwish a happy new year to you all.
 
 

久保田兄有難うございます

 投稿者:塚本  投稿日:2012年12月26日(水)18時54分34秒
編集済
  ご返事有難うございます。やはり、残本が少なくなっていましたね。CD版が塚本のほうにまだ相当ありますし、必要なら、いくらでも焼き増しが出来ますので、お申し付け下さい。
紙の本は、国立国会図書館に納本します。皆さんにも反対はないと思いますので。
 

返信

 投稿者:久保田宏温  投稿日:2012年12月25日(火)19時11分44秒
   塚本さん 早速に返信ありがとう御座いました。しかるに不慣れな私は今日までメールを開かず
今気ずきました。失礼をお詫びします。
 お申し出の「ポプラは語り継ぐ」は2冊だけ残っております。1冊貴方に贈り増すのでよろしく
 作成費用のことですが、ポプラ23期の会費が会計大田の処で管理してありますが、おそらく残高は10万円を少々超えるぐらいとおもいます。これ位は毎年8月6日の花輪代や同期会の通信費に必要と思われますので、費用が必要なら有志に拠出ねがうしかないとおもいます。
 年が明けて同期会世話人の集まりには声をかけますので、ご出席ください。










 

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