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第1回3学級クラス会

 投稿者:塚本  投稿日:2013年 9月 9日(月)15時40分21秒
編集済
  9月8日第12回3学級クラス会をいつもの通り広島国際ホテル東風で開いた。案内状担当の塚本が、11時からと書いておきながら遅れていったというぶざまな事をやったので折角時間通り来た人達に迷惑を掛けてしまった。言い訳は効かないので、黙ってあやまったが、家に帰って昔の案内状を紐解いてみると、昔から11時から始まる事になっている。第1回のクラス会は、故岩原兄が苦労してメンバーの住所を探し出して、住所録を作り、案内状も作って会を開いてくれたのだった。昔の案内状探しの副産物として、行方不明になっていた第1回の写真がみつかったので、紹介します。おもえば12年まえになるのですが、写っている人を見ると幽明境を異にした人がなんと多いことか。感慨深いものが有ります。  
 

23回生の歴史写真の保存

 投稿者:塚本  投稿日:2013年 8月23日(金)19時05分35秒
編集済
  諸兄
ホームページのトピックスに諸兄の協力を得て、歴史写真を掲載して居ます。先日、観音同窓会に所用があって、メールしたとき、歴史写真のことを話たら、適当な数が貯まったら、CDに焼いてくれないかと言うことでした。二中観音100周年記念誌の時に使うという心ずもりなのですが、ホームページにあげるだけでなく、もっと多くの写真を集めることが必要と思います。二中戦後から芸陽の終わりまでの時期のものをかたっぱしから集めてみたいとかんがえるようになりました。諸兄の申し出を待っています。
 

大いなる幻影ヤンギャバン

 投稿者:塚本  投稿日:2013年 8月11日(日)11時29分0秒
  浅野兄
見て頂いて有り難うございます。ジャンギャバンノファンだったとか、画面似出るかどうかわかりませんが、ジャンルノアールの大いなる幻影のtrailerがありましたのでアップしてみます。いわゆる要約版ですが、英語の字幕がついています。
 

懐かしの名画・望郷

 投稿者:浅野温生  投稿日:2013年 8月11日(日)09時10分59秒
  戦後、まだ駅前の闇市一帯が盛り場だったころ、日劇で見たフランス映画「望郷」。司法権力の及ばぬ治外法権のカスパに隠れ住み、かつ君臨するペペルモコが、パリからやってきた”メトロの匂い”のするギャビーに惚れ、同じ船で帰国すべく波止場を目指す。カスパから出てくるの待っていた執念の刑事…手錠を掛けられたペペルモコが、出航間際の船のデッキにたたず恋人に「ギャビー!」と絶叫…ダブるように「ボーッ」と低音の汽笛が重なる。あのラストシーンは、今も瞼と耳に鮮やかに蘇る。
あの頃、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督の映画にのぼせていたもんだ。
そういえばアメリカ映画の西部劇、カリブの海賊映画もよく見たな。エスポワールという映画
鑑賞の学生サークルもあった。今は昔。あれから60年も経ったか。
 

フランス映画 望郷全編

 投稿者:塚本  投稿日:2013年 8月 5日(月)18時05分4秒
編集済
  えいが愛好家諸兄
ユーチューブで、望郷(pepe le moco)の全編アップを見つけましたので紹介します。話題にして下さい。いつかのように。

http://youtu.be/TqmX4rz43n8
 

2013年7月度洋酒の会

 投稿者:塚本  投稿日:2013年 7月26日(金)09時56分35秒
  7月25日、何時もの吉島福祉センターで開きました。弁当当番は国重兄、アッシー君を荒谷兄がつとめて、弁当の調達をしたようです。荒谷兄の面倒見のよさには何時もながら敬服します。
今回は浅野兄から貸して貰った、三島兄のトルコ旅行のDVDスライドショーを素晴らしいできばえなので、皆に見てもらおうと、機器を準備して、上映をしたのですが、残念ながら、皆飲むのとしゃべるのに忙しく、途中で上映中止せざるを得ない事になりました。
飲む会ですから、今後はそれ一本でいくことにしましょう。カクテル作りもやめにしたらと思いました。
 

撮影時期の調査

 投稿者:塚本  投稿日:2013年 7月25日(木)07時33分45秒
編集済
  これは、増田卓二君が戦時中?または戦後すぐ、自宅近くの「教場」でセルフタイマー?で撮った写真だそうです。
戦闘帽をかぶり、二中の校章を付けています。もっとも特徴なのは、胸に戦時中付けていた身元を誌した「名札」を縫い付けていることです。
本人に聞けば良いのでしょうが、じつは、此の写真は10年も前に彼に送っているのです。まだ久留米にいた頃です。しかしはっきりした返事がありませんでした。そこで、皆さんに推測してもらいたいのです。もしこれが戦時中のものでしたら、現在私の手持ちのなかでもっとも古いものになります。
 

ホームページの更新

 投稿者:塚本  投稿日:2013年 7月17日(水)18時36分21秒
  久しぶりに更新しました。トピックスのペ-ジです。浅野兄と三島兄の提供して貰った写真から、塚本独断で取捨選択しました。戦後と言っても、分教場時代の写真は二中の記念誌に載っているくらいで、見た事がありません。当時写真機を持っておられた方で、私的に撮っておられる方で公開しても良いと思われる方があったら、お知らせ下さい。紙の写真でよいですから、スキャナーに掛けたらお返しします。

今回のトピックスに思い出されたエピソードがあればお知らせ下さい。
 

三島兄の写真機

 投稿者:塚本  投稿日:2013年 6月22日(土)16時16分33秒
  トピックスで書かれた小さいときからカメラ好きだった、お父さんにねだっても買ってもらえなかった・・・、というくだり、私にも同じ思い出があります。小学校上級になって、少年クラブを買って貰えるようになって、広告をみては、蛇腹の写真機にあこがれたものです。何度かたのんだけれど、一介の鉄道マンだった父にそんな余裕があるはずもないので、一顧だにされなかった。大学に入った頃、リコーフレックスという1万円以下で発売され大評判になった二眼レフをカメラ屋の店頭たっては眺めたものです。その後、コニカからコニレットというプラスティックボデーにF4.5レンズがついた格安の写真機がでたのを、アルバイトをしてやっと購入、後に会社にはいってから、同期の新入社員グループでの会合でスナップ写真を撮り、皆に配ったら、女子社員から好評を得て得意になったことなどおもいだします。そのときには5学級の西原君がいたとおもいますが、かれは本格的な「カメラ」を持っていて「芸術写真」なるものを撮っていましたが。わたしは、才能がないのでスナップばかりで現在におよんでいます。
三島兄の写真をみると、的確な構図、正確なピント、まさにプロの世界にはいっておられますね。感心するばかりです。
 

三島兄の近影

 投稿者:塚本  投稿日:2013年 6月21日(金)07時35分16秒
  荒谷兄早速レスポンスありがとうございます。三島兄がご覧になっていると良いのですが。近々HPの方に三島兄の一文をアップします。乞うご期待。

浅野兄経由で、三島兄の近影が送られて来ましたので、此の欄に掲載させて貰います。
撮影日時は:2013.5.27でトルコにて。カメラはCANON EOS KISS K7です。
ちょうど「三島兄世界旅行写真2:カッパドキア」に居られる時になりますね。
お元気そうで、これなら、まだまだ世界旅行を続けて写真を提供して頂けますね。
 

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